指導者・黒帯のための武徳

指導者・黒帯のための武徳 第3弾「指導者の存在意義」

指導者の存在意義
自ら武道家として達し、自分自身を磨いていく。その中で同志である道場生を集め、共に稽古し、磨き、磨かれ、技を磨き、心を磨き、心を高めていく。人格を共に向上させて、人を導いていくのが指導者です。

指導者は一週間に数回、数時間、決められた時に道場生のために情熱を傾け、一人一人に真剣に向き合って、一生懸命に指導しています。この一心不乱に指導すること自体、自分の心を磨き、高めていくことになります。 自分自身が高まると同時に、道場生の心を磨き、心を高め、人格を向上させていく指導というのは、教育であり、社会への奉仕でもあります。また、立派な社会貢献となります。

稽古中は自分を追い込み、又は追い込ませ、自分の限界を乗り越え、新しい力、新しい自分に成長することが出来ます。

一回の稽古に「覇気と勇気、信念と自信、努力と忍耐力、礼節と思いやりの心」を伝えると同時に、稽古が終了した時点で夢と希望、達成感と感動が共有できる稽古ができれば最高の稽古といえるでしょう。

これが指導者の役目であるし、人材や青少年を育成することは、人のために尽くし、世のために尽くし、大きく言えば、人類社会の幸福と進歩発展、向上に寄与することができます。

一回一回の稽古、一瞬一瞬の時間・信念の積み重ねが人に明るさ、楽しさ、厳しさ、激しさ、勇気、信念、達成感を伝えるものだと思います。

指導は単に命令指導するのではなく、自分を磨き、道場生も磨き、導き、共に成長していく尊さがこの指導にはあるのです。